最新情報(2026/04/02)
- 4/2から受付開始しました。
About the Event
インド伝統の
神聖な儀式を『日本で』

スワミ・サマルタは、19世紀のインドに生きた偉大な聖者です。その教えと慈悲の力は現代まで受け継がれ、多くの人びとの心の支えとなっています。
今回のイベントでは、スワミ・サマルタの霊的な力が宿るとされる「パードゥカ(聖なる履物)」を日本に招き、古来インドから続く伝統的な祝福の儀式を体験していただきます。
宗教的な勧誘や入信は一切ありません。どなたでも安心してご参加いただける場です。
「私の奇跡の目的はただ一つ、苦しむ者を救い、霊的な道へと導くことだ」
—スワミ・サマルタ
Event Details
開催の概要
開催時期
2026年
5月30(土) | 関東
5月31(日) | 名古屋
会場
関東:茨城県つくば市近郊
(最寄り駅から徒歩2分)
名古屋:愛知県名古屋市内
(最寄り駅から徒歩10分)
※参加者のみに詳細をお伝えします
定員
30名
(先着順)
Program
当日のプログラム
関東:茨城会場と名古屋会場でタイムスケジュールが異なります。
関東:茨城会場
ご入場・お席へのご案内
・アルチャナ
僧侶による神聖な祝福の儀式
聖なる履物への礼拝
(パードゥカのダルシャンで一人一人パードゥカに触れて礼拝)
皆さまご一緒にお食事
(関東会場は無料)
名古屋会場
ご入場・お席へのご案内
・アルチャナ
僧侶による神聖な祝福の儀式
聖なる履物への礼拝
(パードゥカのダルシャンで一人一人パードゥカに触れて礼拝)
皆さまご一緒にお食事
(名古屋会場は1名1,000円)
当日の流れは目安としてお考えください。関東会場は多くのご参加をいただく予定のため、状況によって変動する場合がございます。ゆとりをもってお越しいただけますと幸いです。
「恐れるな、私は常にあなたの傍にいる」
—スワミ・サマルタ
Message from Kriyananda
主催者あいさつ
~ クリヤナンダ
スワミ・サマルタを通じての『神の計画』がある
2025年12月にインドのスワミ・サマルタの聖地アッカルコットに行くことを決め同年10月にインド行きの飛行機を予約してから、瞑想時にスワミ・サマルタが現れて『パードゥカ』を私に渡してくるビジョンを何度も見ました。
そしてインドに行ってからは、そのビジョンがスワミ・サマルタが口から『パードゥカ』を物質化して私に渡してくるビジョンに変わりました。スワミ・サマルタの寺院の僧侶にそのことを話すと、僧侶も日本に行って『パードゥカ・プージャ』をすることにすごく乗り気で、その僧侶から日本に2カ月に1度は訪日しているインド人弁護士を紹介してもらいました。数日後その弁護士と会って、『スワミ・サマルタのパードゥカを日本へ持って来る』という話しをしました。
そして日本に帰り、今年1月に再度そのインド人弁護士に連絡して『スワミ・サマルタ寺院の僧侶を日本に呼びたい』と伝えると、その弁護士が、『僧侶3人連れて日本に行く』と言ってくれ、さらに、彼がインドから日本への渡航費用を支払うので、日本での滞在費は私の方で支払って欲しいと言われました。
僧侶3人分とその引率の弁護士とで4人分の渡航費用やヴィザ代等で約50万円は掛かります。通常、招致する側が全額支払うべきなのに、これはあり得ないことであり、スワミ・サマルタを通じて何かしらの『神の計画』があるのだと感じました。

スワミ・サマルタが実際に
履いていたパードゥカ
スワミ・サマルタが実際に履かれた『パードゥカ』を日本へ
また当初、新しいパードゥカを日本に持って来てもらいプージャをしていただくと思っていたのですが、『スワミ・サマルタが実際に履いていたパードゥカを日本に持って来れないか?』と僧侶に希望を伝えたところ、こころよく快諾してもらえました。
この『スワミ・サマルタが実際に履いていたパードゥカ』は、今までインドからは出たことのないもので、何故か日本が初めてです。
(※スワミ・サマルタが1878年4月30日に亡くなってから『148年間インドから出ていないパードゥカ』です)
そして、この『スワミ・サマルタが実際に履かれたパードゥカは、通常は『現地のアッカルコットのスワミ・サマルタの寺院に行っても見ることすらできないもの』なのです。

今も人類の霊的向上のためだけに働いてくれている
このことに関しても、『神の意志』が無いと絶対に無理なことなのです。
僧侶の航空券代やヴィザ代等を負担すると言ってきた弁護士、そして148年間インドから出ていない通常見ることもできないパードゥカを持ってくると言ってくれた僧侶、この2つのあり得ないことで、間違いなくスワミ・サマルタご自身が、日本の霊的復興に何かしら協力してくれる時期に入ったのだと確信しました。
彼等のような本当の本物の聖者は、生きているときから『肉体』ではなく肉体を超越しているので、亡くなってはいますが、実際には今も人類の霊的向上のためだけに働いてくれているのです。
※万が一、スワミ・サマルタが実際に履かれたパードゥカの持ち出しが困難となった場合は、儀式に使用しているパードゥカで僧侶がプージャを行います。あらかじめご了承ください。
「スワミ・サマルタの『パードゥカ』は、カルパブルクシャ(伝説の願望成就の木)です」
—クリヤナンダ


スワミ・サマルタは25人以上の聖者を育てた
インドで今まで何人の聖者が出ていますか?
現在でも沢山の聖者がいますが、現在も過去も本物の聖者は極々少数です。
また、本物と言われる聖者で同じように解脱した弟子をつくった聖者になるともっともっと少ないです。
スワミ・サマルタは『最低でも25人以上の聖者を生きている間に育てている』のです。[※補足解説]
これは本当に驚異的なことなのです。
今回のことは、日本でもスワミ・サマルタが聖者を育てたいのだと私は思っています。

彼自身がダッタトレーヤ神の化身
後継者として、聖者を一人つくるだけでも簡単なことではないのですが、どうしてスワミ・サマルタが力を持った沢山の聖者をつくることができるのか?それは彼自身がダッタトレーヤ神そのものの化身だからなのです。[※補足解説]
そのため、スワミ・サマルタの『パードゥカ』は、心身の痛みを和らげ、カルマを取り、病を癒やし、願望を叶える――カルパブルクシャ(伝説の願望成就の木)――として崇められるのです。
※スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが師事したことで知られるニーム・カロリ・ババもインドの偉大な聖者ですが、スワミ・サマルタはダッタトレーヤ神の直接の化身として、インドの聖者の伝統においても特別な存在と位置づけられています。
Transparency
費用の透明性
このイベントは利益を目的としていません。皆さまのご協力で成立する場として運営します。
現時点で、インドからの僧侶含め3名の渡航費用・日本滞在費等で(渡航費の一部をインド人弁護士が負担してくれる予定ですが)100万円以上かかる見通しです。
開催後、運営にかかった諸費用は、公開する予定です。
Donations
寄付金
ご寄付は、いくつかの形で受け付けております。
- 儀式参加・アルチャナ・記念品
― 大人1名:¥ 30,000 - オンラインダルシャン
― 1名:¥ 3,000 - アルチャナ のみ
―1名:¥ 5,000 - スワミ・サマルタのペンダント のみ
―1名:¥ 5,000~
儀式参加・アルチャナ・記念品 ―大人1名:¥ 30,000

上記の寄付金を納めていただいた方は、
- 1会場の儀式参加(関東or名古屋)
- 儀式当日の個人へのお祈り:アルチャナ(Archana)
- 儀式当日にお祈りされたスワミ・サマルタのペンダント
がございます。
僧侶含め会場でみんなでお食事をいただきます。
- 関東会場は、昼食は無料で付きます。
- 名古屋会場は、寄付金とは別に1名につき1,000円かかります。
(儀式後に帰宅される方は不要です)
アルチャナ(Archana)とは、神前において僧侶が名前を奏上する儀式になります。
以下、申込時にご入力ください。
- 僧侶が読み上げるためのアルファベットの名前(名・姓の順番)
※例:村田 健太さんの場合: KENTA MURATA
- 今回のアルチャナはお名前のみでお受けできます。ナクシャトラが分かる方は任意でご記入ください。
- 子ども(小学生以上~18歳未満)が儀式に参加される場合は、保護者の方が寄付金を納めていただいている場合は、子どもの儀式参加は無料です。ただし、名古屋会場は昼食費として子ども1名につき1,000円かかります。
- 小学生以上となっていますが、騒いだ場合は退室していただく可能性もありますので、ご了承ください。
オンラインダルシャン(ライブ配信) ―大人1名:¥ 3,000

5月30(土) の 関東開催のみ、YouTubeライブ配信(場合によっては録画配信)を行います。
- 配信は素人スタッフが担当するため、当日の通信環境や機材トラブル等により、ライブ配信を継続できない場合があります。 その際は、後日録画配信に切り替えて対応いたしますので、あらかじめご了承ください。 なお、寄付金額につきましても、その点を考慮した設定としております。
アルチャナ のみ―1名:¥ 5,000
儀式当日の個人へのお祈り:アルチャナ(Archana)のみのご希望も受け付けています。

スワミ・サマルタのペンダント のみ―1名:¥ 5,000(自宅配送は+500円)
儀式当日にお祈りされたスワミ・サマルタのペンダントのみのご希望も受け付けています。
- 会場での直接の受け取り:¥ 5,000
- 自宅への配送は配送料込み:¥ 5,500
(※両面の写真が異なります)

ご寄付は3万円・5千円を目安としておりますが、もしそれ以上のお志をお寄せくださる方がいらっしゃいましたら、大変ありがたく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
余剰金が生じた場合は、僧侶のインドから日本への航空券費用の補填、または今後の来日活動の支援に充てる予定です。
- 寄付金のため、寄付をお納め頂いた後に返金はできませんので、ご了承ください。
- もし、何らかの理由で儀式自体が開催できない場合は、全額返金致します。
- 体調不良や急なご都合等で来場できなかった場合、アルチャナは実施され、お祈りされたスワミ・サマルタのペンダントはご自宅に送らせていただきます。
Other
定員・受付期間・会場・アクセス
- 開催日:2026年5月30(土)
- 開催時間:9時~14時(開場・受付は8:00開始)
- 会場定員:30名(先着順)
- 受付期間:5月23日(土)まで
- 場所:茨城県つくば市近郊の施設で開催します。
(最寄り駅から徒歩2分程度です。詳細は参加者のみにお知らせします。) - アクセス:東京駅から茨城県の会場の最寄駅まで1.5時間~2時間程度かかります。
- 駐車場:駐車場は50台程度ありますが、諸事情により満車になる可能性もあります。
- 開催日:2026年5月31(日)
- 開催時間:9時~13時(開場・受付は8:30開始)
- 会場定員:30名(先着順)
- 受付期間:5月23日(土)まで
- 場所:名古屋市東区の会場で開催します。
(詳細は参加者のみにお知らせします。) - アクセス:名古屋市東区の最寄り駅から徒歩10分程度です。
- 駐車場:近隣に有料駐車場が僅かにありますが、満車になる可能性もあり、電車でお越しください。
※人数が30名をかなり超える場合、会場を別のところにする可能性があります。
Biography of Swami Samarth
スワミ・サマルタの補足解説

「ダッタトレーヤ」とは何ですか?

ダッタトレーヤ(Dattatreya)は、ヒンドゥー教の神様です。創造の神ブラフマー・維持の神ヴィシュヌ・破壊の神シヴァという三大神が一体化した存在とされ、「三神一体の究極の師」として、インドの精神的伝統の中でとても重要な位置を占めています。
ダッタトレーヤは一般的に、三つの頭と六本の腕を持つ姿で描かれます。それぞれの象徴的な意味は以下の通りです。
- 三つの頭 → ブラフマー(創造)、ヴィシュヌ(維持)、シヴァ(破壊)の三神を象徴
- 周りに4頭の犬 → 四つのヴェーダを象徴するとも言われます
- 後ろに牛 → 大地・豊穣の象徴
- 常にアショーカの木の下に座った姿で描かれることが多い
インドのマハラシュトラ州では古くからダッタトレーヤへの信仰が盛んで、時代ごとにその化身が生まれると伝えられています。世界的に有名なシルディのサイババも、マハラシュトラ州ではダッタトレーヤの化身の一人とされています。

【第1の化身】
シュリーパッド・スリーバッラヴァ

【第2の化身】
ナラシンハ・サラスワティ

【第3の化身】
スワミ・サマルタ

【第4の化身】
シルディ・サイババ
なお、第3の化身であるスワミ・サマルタとは活動時期が一部重なっており、もう一人「ガジャーナン・マハラージ」も同じ時代に存在していました。
スワミ・サマルタとサイババの逸話
スワミ・サマルタとシルディ・サイババの深いつながりを示す、こんな逸話が残っています。スワミ・サマルタの信者が、サマルタ亡き後にお墓参りへ行こうとした夜、夢の中にサマルタが現れてこう告げました。「私は今、シルディにてサイババとして生きている。だからシルディへ行きなさい」。その言葉に従いシルディで数ヶ月を過ごした後、やはりお墓参りにも行きたいと思った信者に、今度はシルディのサイババ自身が「スワミ・サマルタは今この私としてここにいる。お墓参りに行く必要はない」と語ったと伝えられています。
ガジャーナン・マハラージの逸話

【第5の化身】
ガジャーナン・マハラージ
ガジャーナン・マハラージはシルディ・サイババの存命中に亡くなりましたが、その訃報を聞いたサイババは「私の古い友人が逝ってしまった」と言い、その日は一日中涙を流し続けたと伝えられています。
以上、ダッタトレーヤとその化身として特に有名な5人をご紹介しました。

スワミ・サマルタはどのような聖者ですか?

スワミ・サマルタは19世紀のインドに生きた聖者で、現代においても多くの信者がいます。インドのマハーラーシュトラ州を中心に広く尊崇されており、その霊的変革のパワーや奇跡を起こす力は比類なき聖者として知られています。
謎に包まれた大聖者
スワミ・サマルタ(Shri Swami Samarth Maharaj)は、19世紀のインドに現れた最も神秘的な聖者の一人です。「サマルタ」とはサンスクリット語で「全能者」「万能の者」を意味し、その名の通り、無数の奇跡を行い、多くの人々の人生を変えた人物として、今日でもマハラシュトラ州、カルナータカ州、アーンドラ・プラデーシュ州を中心に熱烈な信仰を集めています。
彼は「アッカルコットのスワミ」とも呼ばれ、インド西部マハラシュトラ州ソラプール県のアッカルコット村に約22年間滞在し、1878年4月30日(ヒンドゥー暦チャイトラ・スッダ・トラヨーダシー、シャカ暦1800年)にマハーサマーディ(聖者の最期)を迎えました。
しかし、スワミ・サマルタの最大の特徴は、その誕生に関する確実な記録がほとんど存在しないという点にあります。通常の人間として生まれた記録がなく、その出自は伝説と神話の霧の中に深く包まれています。
生年について―記録の不在と伝説的な起源
スワミ・サマルタの「誕生」については、通常の意味での生年月日は存在しません。彼の信奉者たちの間では、彼がいつ肉体に宿ったかではなく、いつ「この世に現れたか」が問われます。
スワミ・サマルタはダッタトレーヤの第二の化身であるナラシンハ・サラスワティ(1378年頃〜1459年)がヒマラヤでの約300年間のサマーディの後に再び世界に現れた存在であるという理解が広く共有されています。
聖者の条件について
キリスト教におけるローマ法王のように、ヒンドゥー教の最高権威ともいえるシャンカラチャリヤ。その初代であるアーディ・シャンカラチャリヤは、真の聖者の条件として次の三つを挙げています。
- ①子供のよう
- ②狂ったよう
- ③ブラックマジックにかかったよう
一般的に聖者というと、品行方正で皆の模範となるような存在を想像されるかもしれません。しかし、理性的で品行方正であるということは、常に頭を働かせている状態、つまり思考がある状態であり、それはエゴがある状態とも言えます。
真の創造主である無形無双の至高神ブラフマンと一体になればなるほど、人間的な理性からは離れていくのです。そして、修行によって悟りを得たのではなく、スワミ・サマルタのように生まれながらにして神が人間に宿った存在には、人間的な理性や常識はそもそも通じません。
写真にまつわるエピソード

1800年代に撮影されたオリジナル写真(↑の写真)が現在も残っているのには、こんな経緯があります。当時インドに初上陸したカメラメーカーのコダックが、写真の宣伝になる被写体を探していたところ、人気の高かったスワミ・サマルタに目をつけ撮影を行いました。
スワミがその写真をある帰依者に見せると「ラーマ神様の写真です」と答え、別の帰依者には「女神の写真です」、またある帰依者には「シヴァ神に見える」「ヴィシュヌ神に見える」と、それぞれが異なる神々の姿を見ました。不思議に思った写真家がスワミに「あなた自身には何が写っているのか教えてください」と尋ねると、スワミは笑いながら「おー、私はこのように見えるのか」と言って写真を返しました。その写真に写っていたのは、ただ一匹の猿だけでした。
写真家はスワミがエゴとプライドを取り除くためにこの奇跡を起こしたことに気づき、許しを求めてこう申し出ました。「あなたの写真は神聖であり、あらゆる人の家に安置される価値があります。どうか私がこの写真で人々に奉仕する機会をお与えください」。この言葉により撮影が実現したのが、現在に伝わる写真です。
子供のような振る舞いのエピソード
スワミ・サマルタの子供のような振る舞いには、次のようなものがありました。
- 対座している(スワミ・サマルタの弟子の)チョラッパの妻が蓄えていた豆を勝手に家畜に与え、叱られると『なぜ私に聞くのですか?食べた牛に聞きなさい』と言ったり
- 家の中で座ったいろんな場所で小便をしたり、台所の窯に大便をしたりでチョラッパの妻を怒らせた
- 乞食たちを家に招いて、家にあるものを勝手に与えた
- チョラッパの妻が出産のときに家にある全てのものを逆さにしたり、放り投げた。分娩のときが近づくと家のものをきちんと片付けた。
- アッカルコットの王様が自身の誕生日に従者を沢山引き連れ祝福をしてもらおうとスワミを訪ねると平手打ちされて王冠が数メートルふっとんだ
- 自分自身では何も食べず、おだてられたり、説得されなければ食べなかった
教えと思想
スワミ・サマルタの教えは体系的な哲学書の形では残されていませんが、彼の言動を通じて弟子たちが記録した内容から、その核心を知ることができます。
彼の最も有名な言葉は「ビーウー ナコス、ミー トゥジャー パーティシ アーヘ」(マラーティー語:भिऊ नकोस, मी तुझ्या पाठीशी आहे)であり、日本語に訳すと「恐れるな、私は常にあなたの傍にいる」という意味です。
彼は以下のような精神を体現しました。
- カルマ・ヨーガの実践:行為そのものへの執着を手放し、すべての結果を神に委ねることを説きました。
- 宗教の超越:ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教の区別なく、すべての人を平等に受け入れました。ヒンドゥーの祭事もイスラムのムハッラム祭も共に祝ったと伝えられています。
- 社会的平等:カースト制度に縛られることなく、最も貧しい人々や社会的弱者にこそ、惜しみない慈愛を注ぎました。
彼は「グル・ガル・グルーナム・グル」(師の師、すべての師の上に立つ師)として崇敬されており、至高の意識・パラブラフマの直接の化身とされています。スワミ・サマルタは限りない慈悲を体現し、限りない至福(アーナンダ)を放射し、無条件の神への献身のわずかな痕跡にも心を動かす存在とされています。

スワミ・サマルタの起こした奇跡とは、どのような内容ですか?

スワミ・サマルタの奇跡は、病の癒しから死者の蘇生、自然への支配、霊的な悟りの授与まで、あらゆる次元に及んでいます。弟子のヴァーモリカルが著した「グルリーラームリト」や、サルナイクの「シュリーパッドブーシャン」などの文献に記録されたものだけでも膨大な数に上り、記録されていないものを含めれば「毎日何らかの奇跡が起きていた」と言われる所以がよくわかります。
数ある奇跡の中から、代表的な内容を抜粋しました。
- アリ塚からの出現
- ハリドワールと蘇生の奇跡
- ドワルカの奇跡
- ラーメーシュワラムの奇跡
- アッカルコット到着と初期の奇跡
- 病の癒し
- 自然への支配
- 霊的知覚と予言
- 死者の蘇生と霊の解放
- 特別な能力の顕現
- シルディ・サイ・ババへの予言とつながり
- マハーサマーディと没後の奇跡
アリ塚からの出現
- 約300年のサマーディの後、ナラシンハ・サラスワティはアリ塚に埋もれて眠っていた。木こりが誤って斧をアリ塚に当てると血が噴き出し、そこから赤みを帯びた輝く肌の、身長7フィートを超える巨人が現れた。これがスワミ・サマルタのこの世への出現であった。
- ヒマラヤの洞窟に座っていたスワミのそばで、一組の中国人カップルが彼を嘲り、淫らな行為に及んだ。すると突然、女性が男性に変わった。恐れ慄いたカップルが許しを請うと、スワミは慈悲をもって元の姿に戻し、霊的な道を歩むよう諭して送り出した。
- 雪に覆われた森でスワミが座っていると、猟師に追われた小鹿が怯えて彼の後ろに隠れた。猟師たちが銃を向けると、スワミは石を投げて猟師たちを身動きできなくさせた。その後、慈悲から猟師たちを解放し、すべての生き物に優しくするよう諭した。
- 同じ鹿の群れの中の親鹿にスワミが手を置くと、鹿が突然人語を話し始め、自分が過去七回の転生を経た人間の霊であると告白した。スワミは「南に旅したとき、人間として生まれ直したお前と会い、そのとき解放する」と約束した。
- プリーで、バローダの聖者アーラーワーニー・マハラジとその仲間たちが病に伏し、死の瀬戸際にいた。スワミが輝く姿で突然現れ、隣の家から食事の香りが漂ってくると、彼らは全員たちまち病気が消えた。
ハリドワールと蘇生の奇跡
- ハリドワールでスワミは一人のバラモンを公衆の面前で過去の悪行(牛を殺して食べたこと)を告白させ、悔い改めさせた。バラモンがスワミの足を洗った水を死んだ牛に振りかけると、牛が息を吹き返した。このバラモンのハンセン病も完治した。
- 同じくハリドワールで別の人物のハンセン病を、その人物が前世での悪業を認めて懺悔したことをきっかけに完治させた。心の病を癒すことが体の病の治癒につながるというスワミの教えが示された奇跡であった。
- ナーラーヤン湖で強欲な神官が巡礼者に多額の金を要求した。スワミが従者たちと沐浴しようと進み出ると、用心棒が阻止しようとした。スワミはヨーギーの力で彼らの頭上を越え、水面に立ち、そのまま水の上に座った。
- 同じくナーラーヤン湖で、一人の学者がスワミの奇跡を目撃して内心で疑いを持った瞬間、スワミはその考えを読み取り話しかけた。さらに36年前に死んだはずの父親が今もその学者の息子の揺りかごを揺らしていると告げた。実際に人々は蛇を見ており、その蛇が父の生まれ変わりであることをスワミは明かした。
- ナーラーヤン湖にいたコブラを手に取り、前世での人間としての行いについて語りかけた。スワミはそのコブラを湖に入れ、次の転生では霊的な家庭に生まれ、段階的に解放されると予言した。
ドワルカの奇跡
- ドワルカで、生まれつきの盲人スルダスがスワミの前に立った。スワミが「目を開けてみなさい。見えるようになる」と言うと、スルダスは初めて光を見た。
- ドワルカの修行者ブレーブーワーは悟りを得ていたが、ダッタトレーヤ神の幻を見たいという願いが叶わなかった。夢の中でスワミが現れ、ヴェーダーンタの核心「タットワマシ(汝はそれなり)」の真の意味を解き明かした。ブレーブーワーが目覚めると、スワミが実際に目の前に立っており、彼は深いサマーディに入った。
- ドワルカのラヴジー・ヴァーモリカルにスワミは三人の息子の未来を正確に予言した。「長男は学者になり南のムスリム支配の地で私と会う。次男はシヴァの信者で独身を貫き、三男はグル伝統を継いで私の活動の物語を人々に伝えるだろう」と告げた。その通りになった。
- 牧童の中にいた5歳の少女が強欲な親によって少年に変装させられ、金持ちの老人の養子として売られた。成長して結婚の話が持ち上がり、女性であることが露見し、死刑を宣告された。処刑直前にスワミのもとに駆け込むと、スワミの神力によって彼女は完全に男性の体に変わり、その後結婚して子供も生まれた。
- ラーメーシュワラムの聖なるコーティー・ティールタ湖で神官がスワミに入浴料を要求した。スワミは「この湖が神聖である理由はもはやない」と言い残して去ると、湖水は悪臭を放ち虫が湧いた。神官たちがシャンカラーチャーリヤに相談し、スワミへの無礼を詫びると、湖水は元の清浄さを取り戻した。
ラーメーシュワラムの奇跡
- 60歳で子なしの書記とその妻が懸命に子供を求めた。スワミは「望むなら授けよう。だが欲を抑えた方がいい」と忠告した。夫婦は聞かず息子を授かったが、その子は憑依された霊だった。スワミは霊を解放し、夫婦の真の願いを叶えるため改めて本物の息子を授けた。
- 木の霊が人間の子どもとして書記夫婦のもとに生まれたが、スワミの霊力によって霊は少年の体を離れ解放された。スワミはその後夫婦に本物の子どもを授けた。
- マンガルヴェーダ近くの森に住み、スワミに献身的に仕えていたムスリムの托鉢僧に、スワミはある日頭に祝福の手を置いた。即座にその人物はサマーディ状態に入り、完全な悟りを得た。その後、彼は著名な聖者となり何千もの人々が訪ねるようになった。
- ラジュールから移動する際、スワミはパンダルプールでチャンドラバーガー川の水上を歩いているのを目撃された。
- マンガルヴェーダで、貧しいバラモン、クリシュナムバットの家を訪ねた際、何も食事を用意できなかった家に向かい、「この家の牛を連れてきなさい」と言って牛に手を置いた。するとその後その牛は驚くほど多くの乳を出すようになり、家は豊かになった。
アッカルコット到着と初期の奇跡
- アッカルコットのカンドバー寺院に滞在していたスワミを試そうとしたムスリムの修行者が、タバコを入れていない土製のパイプ(チルム)を渡した。スワミは火を点け、何事もなかったかのように煙を出して吸い続けた。これを見たムスリムは「この人は普通の人間ではない」と悟り、弟子となった。
- アッカルコット藩主マロジーラージェ2世はスワミに会いたいと準備を進めていた。するとスワミ自らが宮廷に現れた。藩主は喜びで圧倒され、目に涙を浮かべ、マハラジを抱きしめ、祝福を求めて足元にひれ伏した。これが王家との絆の始まりとなった。
- チントパントが「礼拝の際には常にスワミの足元にいたい」と祈ると、スワミは「お前の願い通りにしてやろう」と言い残して去った。その後、スワミが座っていた木の台にスワミの足跡が刻印されて現れた。この木の台は現在もジョシー・ブーワーのマートに保存されている。
- スワミはアッカルコットにいながら、同時に他の場所で目撃された。遠方の信者がスワミが自分の目の前に立っていたと証言しているが、アッカルコットにいた他の信者も同じ時間にスワミが傍にいたと証言している。いわゆる同時多在(マルチロケーション)の奇跡である。
- バローダでヴァーマンブーワー・ヴァーモリカルが激しい病苦に耐えかねて、ある夜スールサーガル湖に身を投げようと岸辺に立った。その瞬間スワミが目の前に現れ、彼の頬を叩いて「愚か者め。運命の苦しみは受けねばならぬ。なぜ自ら死を選ぼうとするのか」と叱りつけた。ヴァーモリカルは生きる力を取り戻した。
病の癒し
- ジュンナル出身の孤独な女性サクーは皮膚病を患い、治療の甲斐なく土地も奪われ悲惨な状況にあった。アッカルコットに連れられてきたサクーに、スワミは白い柔らかい石を渡し、毎日入浴後にその粉を体に塗るよう指示した。数日後、不治とされた皮膚病は完全に治り、奪われた土地も地主から返還された。
- チントパントの息子ゴーヴィンドラーオ・トールは胃に重大な疾患を抱えていた。スワミが夢の中に現れ、腹から糸の玉を取り出す手術をした。ゴーヴィンドラーオが目覚めると腹が軽くなっており、数日で完全に回復した。医師たちも驚嘆した。
- ムンバイの紳士ラームチャンドラ・ケーローバ・シェーンヴィは結核を患い、職も失っていた。アッカルコットでスワミに祈ると、スワミはヤシの実を渡し「さあ帰りなさい」と言った。数日後、結核が完治し、良い職にも恵まれた。
- コルハープルの老バラモンは高齢になって息子を授かったが、その子は生まれながらに知的障害があった。両親は悲嘆のあまり死に、子は孤児となった。放浪の末にスワミのもとへたどり着くと、スワミは手を背中に当てた。するとヴェーダの言葉が少年の口から流れ出した。
自然への支配
- 夏の暑い日にある女性の家の井戸が完全に干上がっていた。スワミは笑いながら女性を井戸の前に連れて行き、子どものように振る舞いながら井戸の近くで放尿した。すると瞬時に井戸は水で満たされた。この井戸は今日も信者たちに大切にされている。
- スワミはアッカルコット藩主の宮廷で黄金の香辛料箱を井戸に投げ込んだ。翌日、スワミが紐とバケツで引き上げると、箱は水に一切触れることなく、クローブとカルダモンが入ったまま回収された。
- ラームプル訪問の際、信者のラワジーが50人分の食事を用意していたが、スワミの到着を聞いて周辺の村から何百人もの人々が駆けつけた。スワミの恩寵によって、食べても食べても食料が尽きず、全員が満腹になった。
- 長期の干ばつで農作物が枯れ、飢饉が迫っていた地域でスワミが礼拝を行うと、その夜から雨が降り始めた。農民たちはスワミを神そのものとして崇めた。
- 写真家が夜7時の暗闇の中でスワミを撮影した。光がないため写真は撮れないと申し出たが、スワミは「構わず撮れ」と言った。驚くことに現像すると美しく鮮明な写真が撮れていた。
霊的知覚と予言
- インドで1857年の大反乱(セポイの乱)が勃発するよりも前に、スワミはその出来事とその結末(鎮圧されること)を詳しく予言していた。
- 「インド武装反乱の父」として知られるヴァースデーヴ・バルワント・パードカルが、英国支配に対する反乱の祝福を求めてスワミを訪ねた。スワミは「今は戦う時ではない」と告げた。その後、パードカルの反乱は失敗に終わった。
- 信者がまだ何も言わない前から、スワミはその人の悩み、過去の罪、現在の状況を正確に言い当てた。「アンタリャーミー(内なる知者)」という称号はこの能力を指す。
- スワミは多くの信者に対し、その人の過去の転生(前世)での出来事を詳細に語り、それが現在の苦しみの原因であることを示した。信者たちはスワミの前では何一つ隠すことができなかった。
- アッカルコットを訪れた夫婦の子どもの誕生を、月日まで予言した。その通りに子が生まれた。遠方にいながらも信者の家族の危機を正確に知らせる、という記録も複数残っている。
死者の蘇生と霊の解放
- 川岸を歩いていたスワミがある男性に「急いで家に帰れ。子どもが一人で泣いているから、お前の父親に面倒を見るよう言っておいた」と告げた。男性の父親はずっと前に死んでいたが、急いで帰ると亡き父が本当に赤ちゃんをあやしていた。男性が戻ってきたのを見ると、父の姿は消えた。
- アッカルコットの信者バーバーサーヘブ・ジャーダヴの死期が迫ったことをスワミは知り、「おい、陶芸家よ、お前の名前で死の使いが来たぞ」と告げた。ジャーダヴがスワミへの奉仕を続けたいと願うと、スワミはその牛が代わりに死ぬよう手配し、ジャーダヴは生き長らえた。
- ラーメーシュワラムで、木の霊が人間の子どもとして書記夫婦のもとに生まれた。スワミが介入すると、少年の体から霊が抜け出して解放された。スワミはその後夫婦に本物の子どもを授けた。
- ヒマラヤでスワミに出会った鹿は、前世の罪のために七回の転生を重ねてきた人間の霊であった。スワミは「南に行ったとき、人間として生まれ直したお前と会い解放する」と約束した。
- ナーラーヤン湖で、学者の父が欲望のためにコブラとして転生していることをスワミが明かし、コブラを湖に入れることでその魂が次の転生へと進み段階的に解放されると語った。
特別な能力の顕現
- スワミの体から強い光が放射されるのを複数の信者が目撃した。日没後も、スワミの体から放たれる光によって周囲が明るくなり、これによって暗闇での写真撮影が可能となった。
- スワミは突然人々の視界から姿を消し、遠く離れた場所に瞬時に現れることが繰り返し記録されている。プリー、ドワルカ、ギルナール、パンダルプールなどで予告なく姿を消した。
- あるとき信者たちがスワミの神性を確かめようと周囲を火で囲んだ。しかしスワミには炎は一切触れず、体も衣も無傷であった。試した者たちはひれ伏して許しを請うた。
- ギルナール山で修行者セーヴァーダスに十分な資質が備わったとスワミが見極めると、スワミは突然ダッタトレーヤ神の三頭の姿で顕現した。彼の足元にダッタトレーヤのパーダーカー(神聖な足跡)が現れたという。
- スワミはアッカルコットにいながら遠方の信者の夢の中に現れ、具体的な指示を与え危機を救った。アッカルコットを訪れられない遠方の信者が夢の中でスワミの指示を受け、その通りにしたところ問題が解決したという報告が多数残っている。
シルディ・サイ・ババへの予言とつながり

- ある信者が「師が去った後、誰が守ってくれるのか」と尋ねると、スワミはサンダルを渡し「将来、私はシルディに住む」と告げた。これはシルディ・サイ・ババの出現の予言と解釈されており、二人の聖者の霊的なつながりを示す最も重要な伝承の一つである。
- スワミのサンダルを礼拝しに行こうとした信者が夢でスワミに会うと「今は私はシルディにいる。そこに行って礼拝せよ」と告げられた。その信者がシルディを訪れると、確かにそこに偉大な聖者が住んでいた。
- シルディ・サイ・ババ自身が、スワミ・サマルタを師として仰ぎ、その霊的な継承者であることを示唆する言動を残していたと複数の信者が証言している。
- バルーダ藩主マルハルラーオ・ガイクワードがスワミを自国に招こうと多額の贈り物と共に側近を送り込んだ。スワミはその到着を事前に知っており、到着前にその内容まで信者たちに告げていた。スワミは「私はアッカルコットから動かない」と告げ、実際に終生アッカルコットに留まった。
- スワミの最初の伝記を書いたサカラーム・バルクリシュナ・サルナイクは、スワミから直接指導を受け、執筆の過程で深い霊的体験を得た。スワミが「書け」と言ったことで、さまざまな出来事が自然に記憶の中から浮かび上がってきたと語っている。
マハーサマーディと没後の奇跡
- 1878年4月30日、スワミはチョラッパの家においてマハーサマーディ(聖者の意識的な死)を遂げた。死の8日前からシヴァ神の名を唱え続け、最後まで完全な意識の中にあった。信者たちはスワミが「死んだ」とは信じず、「肉体を脱いだ」と理解した。
- スワミの遺体が安置されるサマーディ・マンディルは今日も「ジャーグルト(目覚めており、生きている)」とされている。巡礼者たちは病の癒し、財産の回復、霊的な体験など、スワミの霊力が今なお働いていることを証言し続けている。
- 1878年の入滅後も、スワミは無数の信者の夢の中に現れ、具体的な指示を与え、危機を救った。20世紀、21世紀に入ってからも、苦しみの中でスワミに祈った信者たちが夢での導きを受けたと報告している。
- ある巡礼者がアッカルコットのサマーディ・マンディルを出ると、スワミの顔にそっくりな老女が入口の石段に座り、朱と白檀で印を刻んでいた。声をかけると「今から中に入る時間だ」と言い、中に消えた。その後、その老女の姿はサマーディに安置された像と同じであることがわかった。
- スワミは没後においても、アッカルコットのマートや寺院を守護する存在として現れ続けている。150年近くを経た現在も何百万もの信者が毎週木曜日に礼拝に集まり、「恐れるな、私は常にあなたの傍にいる」というスワミの言葉を心に刻んでいる。これが最大の奇跡と言えるかもしれない。

スワミ・サマルタが育てた聖者たちはどんな方々ですか?

スワミ・サマルタはアッカルコットに住んだ22年間で、少なくとも25人の聖者を育てたと言われています。その弟子・関係者の背景は非常に多様でした。
スワミ・サマルタはヒンドゥー教徒、ムスリム、キリスト教徒、パールスィーなど様々なカースト・地域・宗教背景を持つ人々と幅広く交わり、彼らを平等に扱ったそうです。弟子の職業・背景は在家信者、医師、かつて不品行だった人、托鉢僧、貴族(アッカルコット藩主マロジラジェ・ボスレー)など非常に幅広く、スワミ・サマルタは「(純粋に神を探求し試練を超えることができたなら)どんな人間も聖者に変えられる」師として知られていました。
選ばれた弟子にはパードゥカー(師の履物)が与えられ、マート(修道院)を開くよう命じられました。
1. チョラッパ・マハラジ(Cholappa Maharaj)
職業:在家の一般市民(アッカルコット住民) スワミ・サマルタが1856年にアッカルコットに着いた際、最初に出迎えた人物。師に住まいを提供し、日常の世話を一手に引き受けた最初の弟子。スワミは「私のチョラッパは誰にも渡さない」と言うほど深く信頼した。晩年、弟子のスンダラバイに取って代わられ、師のそばから遠ざけられたが、それも師の意志として受け入れた。
2. バラッパ・マハラジ(Balappa Maharaj)
職業:宝石商・高利貸し(大富豪) カルナータカ州ハーヴェーリー出身 30歳のとき全財産を捨てて出家。ガナープールで苦行中、夢でスワミに導かれアッカルコットへ。師はバラッパを後継者と定め、死の直前に自分の指輪・ルドラークシャ・衣・バンナー・パードゥカーすべてを授け「我が印を与える、太陽と月が続く限り使え」と告げた。バラッパは師の没後32年間マートを守り教えを伝えた。
3. スワミスット/ハリバウ・タワデ(Swamisut / Haribhau Tawade)

職業:ムンバイ市役所の公務員(英語教育を受けた) 師に「汝は私の息子だ」と言われたことで人生が一変。市役所を辞め、妻のマンガルスートラ(結婚の証の黄金の首飾り)まで売り払って貧者に施し出家。ムンバイに師のマートを建立し、1871年に師の顕現記念日の祝祭を始めた。師の死の報を聞いて悲嘆のあまり先に息絶えたが、スワミは「彼は良い場所へ送られた」と言った。
4. アランディのナラシンハ・サラスワティ(Narasimha Saraswati of Alandi)
職業:ヨーガ修行者 → 出家後はサンニャーシー(遍歴僧) もとはパンダルプルのヴィタルブワというヨーガ修行者。師がヨーガシャーストラの詩節を一節唱えただけで2時間のサマーディに入り開悟体験をした。師の命でアランディに定住し、地元のバラモンが卑猥な歌を歌うのをシッディ(神通力)で作った菓子を使って霊的な詩に導き、地域の信仰を立て直した。アランディで12年間活動しマートを建てた。
5. ラーマナンド・ビドカル(Ramanand Bidkar Maharaj)

職業:宝石商・香料商・錬金術師 プネー出身のバラモン 1838年生まれ。商売で成功する一方、悪い交友にも染まった。師に会おうとしたが門前払いされ、絶食してでも会うと誓うと師自ら宮殿の壁を飛び越えて現れた。夜通し足を揉み続けたとき大蛇が現れたが恐れず試練を突破。師から「錬金術をやめること」をグル・ダクシナ(師への謝礼)として求められ、従った。1913年没、プネーにビドカル・マハラジ・マートを建立。
6. マインダルギのムスリム・ジャマーダール(Muslim Jamadar of Maindargi)
職業:アッカルコット藩の看守(ジャマーダール=下士官相当) 囚人の護送中、一人が行方不明になり退職金・年金を失う危機に。心の中でスワミに祈ると翌日囚人が見つかり、捕まえた騎手の話では「逃げようとするたびに僧侶が脅した」という。誓い通りに即座に辞職し師に仕えた。師から革靴をパードゥカーとして授かったが、ムスリムがヒンドゥー聖者の靴を礼拝するとして家族から追い出されるも廃屋で礼拝を続け、後に「ピール・サーヘブ」と呼ばれる聖者となった。
7. ゴーパルブワ・ケルカル(Gopalbuva Kelkar)
職業:鉄道の駅長(英語教育を受けた) コンカン地方ラジャプル出身 1847年生まれ。もとは無神論者だったが、腸の難病が8日間の祈りで治り信仰に目覚めた。アッカルコットへ向かう途中お金が尽きると、見知らぬ裕福な女性が旅費を与えてくれた。滞在中、師が夢で腹を撫で病を完全に癒した。後に師の逸話を記録した書を著し一次資料として今日も貴重な文献となっている。チプルンのマルカンディに45年間住んでマートを建てた。
8. ヴァーマンブワ・ブラフマチャーリー(Vamanbuva Brahmachari)
職業:政府の役人、後に新聞社勤務 アフマドナガル地方出身 幼いころから達人・聖者・ファキールを訪ね歩いた。ある日輝く光のバラモンが突然現れ「真のグルなくしてすべては無駄だ、アッカルコットへ行け」と告げ消えた。1860年にアッカルコットを訪問。スワミ・サマルタとマーニック・プラブーの両者から「この者は高い境地に達するだろう」と予言されていた。バローダ(現ヴァドーダラー)にマートを建立した。
9. クリシュナ・サラスワティ(Krishna Saraswati / Kumbhar Swami)

職業:出家僧 コールハープル・クンバールガッリー在住 スワミ・サマルタが亡くなる前、かつて甘い菓子を供えると誓ったバラモンの夢に現れ「今はコールハープルのクンバールガッリーにクリシュナ・サラスワティとして住んでいる」と告げたとされる。師の化身ともいわれ、ライ病を患うバラモンをガナープールから連れてきて奇跡的に癒したことでも知られる。「クンバール・スワミ」の名でも親しまれた。
10. シータラーム・マハラジ(Sitaram Maharaj)
職業:修道者 マンガルヴェーダ出身 スワミ・サマルタがアッカルコットに来る前に一時期過ごしたマンガルヴェーダで弟子となった。師からパードゥカーを授かりマンガルヴェーダにマートを建立し、その地の信仰を守るよう命じられた。師と最も長い付き合いのある弟子の一人で、師のマンガルヴェーダ時代の逸話の語り手でもあった。
11. アーナンダ・バーラティ(Ananda Bharati)
職業:漁師(入門前の名はラクシュマン) 漁の最中に嵐で溺れかけたとき大声でスワミに祈ると、遠くアッカルコットでサイコロ遊びをしていたスワミが突然「ラクシュマンが溺れている!」と叫び引き上げる仕草をした。するとスワミの手から何分も塩水が滴り落ちた。一週間後に礼を言いに来て「世俗生活はもう十分です」と全財産を捨て出家し、スワミの専属の奉仕者となった。
12. アーナンダナート・マハラジ(Anandanath Maharaj)
職業:修道者 ヴェングルラ(コンカン沿岸)出身 師からパードゥカーを授かりヴェングルラにマートを建立した。コンカン地方南部における教えの普及に尽力し、今もヴェングルラに道場が続いている。師の晩年に最も頻繁に訪れた弟子の一人で、師の奇跡の多くを直接目撃して記録に残した人物とされる。
13. シャンカル・マハラジ(Shri Shankar Maharaj)

職業:放浪の聖者(アヴァドゥート) プネーを中心に活動 スワミの弟子の中でも後世に最も広く知られた一人。奇行と神通力で名高く、プネーを中心にマハラシュトラ各地を放浪した。「子どもたちのすべては私の子ども」と言い、カーストや宗教を問わず人々を助けた。師ゆずりのアヴァドゥート的な振る舞いで知られ、20世紀まで生きたとも伝えられる。
14. デーオ・ママレーダール(Shri Deo Mamaledar)
職業:行政官(ママレーダール=イギリス植民地行政の郡管理官) ナーシク勤務 高い社会的地位にありながら師に帰依した人物。ナーシクにマートを建立し、パードゥカーを授かった主要弟子の一人。行政官としての人脈を活かして師の教えを都市部の知識人層にも広め、マハラシュトラ西部での信仰普及に大きく貢献した。
15. スンダラバイ(Sundarabai)
職業:侍女(ショーラープル出身の在家女性) チョラッパの要請でアッカルコットに来て師の世話を担った女性弟子。師は「彼女はお前に苦しみを与える」と予言したがチョラッパは笑い話と思い任せた。後にチョラッパを遠ざけ師の身近を独占したが、師のマハーサマーディまで最も近くに仕えた。その支配的な性格と細やかな献身という二面性が多くの文献に記録されている。
16. ランゴーリブワ(Rangolibuva)
職業:修道者 マールワン(コンカン沿岸南端)出身 パードゥカーを授かりコンカン沿岸の南端マールワンにマートを建立した弟子。師の命を受けてこの地域の人々に教えを広め、信仰の拠点を作った。コンカン南部という地理的に隔絶した地域にまで師の教えを届けた功績で知られる。
17. ナーナージー・レキー(Nanaji Rekhi)
職業:在家信者 アフマドナガル出身 師の占星術(ジャンマ・クンダリー)作成にも関わったとされる人物。師からパードゥカーを授かり、アフマドナガル(ナガル)に信仰の拠点を築いた。アフマドナガルはマハラシュトラの要衝であり、同地での教えの普及において重要な役割を担った。
18. チントパント・トール(Chintopant Tol)
職業:イギリス植民地行政の官吏(マームラトダール)・アッカルコット藩士退職者 スワミ・サマルタをアッカルコットに招いた張本人。1856年に師を招待して街の外れに住まいを整え、以後22年間の活動の基盤を作った。行政官という実務的な立場から師の外部との調整役を担い、アッカルコット藩主マロジラジェとの橋渡し役も果たした。
19. サチタナンダ・スワミクマール(Sachitanand Swamikumar)
職業:在家の若者(スワミスットの弟) ムンバイ在住 兄スワミスットの死後、師が弟(本名バブー)を「今からお前はカカバイの子ではなく私の子だ」と言って膝の上に座らせサチタナンダ・スワミクマールと命名した。ムンバイのマートの後継者として教えを継承し、後にマートはカンデワーディを経てチェンバイに移転した。
20. ニルマーラーナンダ・マハラジ(Nirmalanand Maharaj)
職業:出家僧 教えを組織化した直弟子の一人。マートや道場を設立しスワミの教えを体系的に後世へ伝えた。その後継者アンナマハラジへと法統が続いており、アンナマハラジもマートや道場を各地に建立して「帰依と自己実現」という師の核心的な教えを制度として根付かせた。
21. スリーパッド・バット(Shripad Bhat)
職業:バラモン(祭祀者) スワミがマハーサマーディに入る直前に「バーニャンの木の根元を掘れ」と命じた弟子。師の最後の言葉を直接受けた数少ない人物の一人であり、遺言の実行者となった。師の聖地の整備と保全に尽力し、現在のアッカルコット聖廟の礎を作った人物とされる。
22. ガンパトラオ(Ganpatrao)
職業:寺院奉仕者 マハーサマーディの際に師から「寺院での奉仕を続けよ」と直接命じられた弟子。師の聖地を守る者として任じられ、師の没後もアッカルコットの寺院を守り続けた。師の晩年の様子を最も間近で見届けた証人の一人として記録に名前が残る。
23. ガジャーナン・マハラジ(Gajanan Maharaj of Shegaon)
職業:放浪の聖者(後にシェゴーンに定住) マハラシュトラ州シェゴーンに住んだ19世紀の著名な聖者で、伝承ではスワミ・サマルタの弟子とされる。奇行と慈悲で知られ、師ゆずりのアヴァドゥート的生き方を体現した。今もシェゴーンの聖廟には全国から参拝者が訪れ、マハラシュトラ五大聖者の一人に数えられる。
24. ガンガーダル・マハラジ(Gangadhar Maharaj)
職業:修道者(詳細不明) 文献では「バラッパ・マハラジ、ガンガーダル・マハラジ、ガジャーナン・マハラジなど多くの者が師の指導のもとで霊的な卓越に達した」と記されている弟子の一人。具体的な出身地や入門の経緯は伝わっていないが、師の直弟子として名前が継続的に記録されている。
25. ナームデーオ・マハラジ・ゴンダワーレカール(Namdeo Maharaj Gondawalekar)
職業:修道者・詩人聖者(マハラシュトラ州ゴンダワーレー出身) 師の恩寵を詩(アバング)に著し、マラーティー語圏の民衆に教えを広めた詩人的な弟子。師から直接パードゥカーを授かりゴンダワーレーに拠点を構えた。文献では「スリークリシュナ・サラスワティ、ナームデーオ・マハラジ・ゴンダワーレカール」として師の主要弟子の列に名前が挙がっており、マラーティー語の信仰文学の担い手として地域に根付いた。
FAQ
よくあるご質問
特定の宗教への入信・勧誘はありますか?
一切ありません。このイベントはインドの文化的・精神的な伝統に触れる場として企画されており、特定の宗教団体への入信や勧誘は行いません。どの宗教・信仰をお持ちの方も、またお持ちでない方も、安心してご参加いただけます。
「パードゥカ」とは何ですか?

パードゥカとは、インドの伝統において聖者が身につけた履物(サンダル)のことです。弟子や信者がパードゥカを礼拝することは、師の教えとエネルギーへの繋がりを表す、古来からの精神的な実践です。
Important Notes
ご参加にあたってのお願い
パードゥカの儀式は伝統に基づく神聖な儀式および瞑想の時間となります。皆さまが静かで清らかな環境の中で祈りと瞑想を行えるよう、以下の点にご協力をお願いいたします。
①服装について
神聖な場への敬意として、肩や膝が隠れる服装でご参加ください。
『白や落ち着いた色合いの服装』をおすすめしております。
ノースリーブ、短パン、ミニスカートなど露出の多い服装はお控えください。
②写真・動画撮影について
儀式および瞑想の時間を大切にするため、写真撮影および動画撮影はお控えください。
皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。
③静かな環境へのご配慮
儀式中・瞑想中は私語を控え、静かな環境を保つようご協力をお願いいたします。
④携帯電話について
儀式が始まる前に、携帯電話は電源を切るかマナーモードに設定してください。
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